テーマ
制度種別
受講形態(京カレッジ)
科目コード
科目名
開講大学名
学内科目コード
学内科目名
連絡先
京都キャンパス教務チーム
TEL:075-414-8160
FAX:075-414-1150
担当教員
開講期間
2024年04月8日(月)~2024年07月22日(月)
3講時 13時10分~14時40分(毎週月曜日)
※2024年04月08日(月)休講(補講日は後日お知らせします)
※2024年05月06日(月・祝)講義あり
※2024年07月15日(月・祝)講義あり
開講曜日・講時
単位数
開講期
授業形態
遠隔授業として実施する
「英語で学ぶ科目」として実施する
受講料
(単位互換履修生は不要)
対象年次
授業定員
単位互換定員
京カレッジ定員
会場
試験・評価方法
平常点は授業参加度30%
期末レポート試験70% 合計100%
本やネットを丸写ししたレポートは認めない。
超過時の選考方法
別途負担費用
その他特記事項
低回生受講推奨科目
講義概要・到達目標
【講義概要】
ヨーロッパはローマ帝国、キリスト教、ゲルマン民族の3つが混合して生まれた。古代ローマ帝国の中心をなす地中海地方では早くから森の木々が伐採され、石の文化が栄えた。他方、ゲルマン民族が住んでいた地方は森に覆われ、木の文化が栄えた。石造りのゴシック教会はじつは森のイメージによって
つくられている。本講義では、具体的な問題を取り上げながら、ヨーロッパとは何かについて論じる。
ローマは「永遠の都ローマ」と言われる。ローマは大昔から今日にいたるまでヨーロッパの首都、いや、世界の首都であるというのである。このように呼ばれる町はローマおいて他にない。
ローマの「世界征服」は3回行われた。一度目は古代ローマ帝国時代、カエサルらによる武力征服、二度目はキリスト教による宗教的征服、三度目はローマ法による政治的征服である。だがそれ以外にもある。ルネサンス期の美術、建築、庭園、料理は西欧世界を文化的に征服した。ヨーロッパ文化は、フランス料理からイギリスの議会政治にいたるまで、ほぼすべて「永遠の都ローマ」の影響下にある。
【到達目標】
欧米の文化のほぼすべてはローマに始まることを理解すること。ローマの観光名所を見ながら、それがどの時代に生れたか、時間軸で観察できるようになること。
講義スケジュール
第01回 映画「ローマの休日」とローマの誕生
「ローマの休日」の舞台がローマであるのは、ローマが「永遠の都」であり、欧米人にとっての心のふるさとだからである。トロイア戦争とロムルスとレムスの神話。ローマの名はロムルスに由来すること。ローマ市民とは何か、イタリア人とは誰か。
第02回 古代ローマ彫刻に見る古代ローマの人間観
世界で最初の美術館であるローマのカピトリーノ美術館にある古代ローマの彫刻の数々やポンペイの遺跡の壁画などをもとに、古代ローマ人のリアリスティックな人間観を探る。
第03回 カエサルとフォルム・ロマーヌム
カエサルによってつくられたフォルム・ロマーヌムは古代ローマの政治的中心地だった。カエサルがいかにすぐれた指導者であったか、彼とクレオパトラの関係を考察する。
第04回 古代ローマの文明と生活
古代ローマは、上水道、下水道、トイレ、風呂の完備した「文明的」生活だったが、古代ローマ帝国の末期、それらインフラを修繕する費用もなくなり、やがて古代ローマは終焉する。ヤマザキマリの『テルマエ・ロマエ』にも描かれた古代ローマ人の生活を考察する。
第05回 キリスト教の公認と巡礼の都ローマ
4世紀、ローマ帝国はキリスト教を公認し、キリスト教の力を借りてローマの立て直しを図った。ペトロとパウロの殉教の地であったローマは、その後、キリスト教の中心地となり、ローマは「巡礼の都」として栄えた。古代ローマとは打って変わり、キリスト教美術では「あの世」が描かれるようになった。後者の代表作であるジョットの宗教画を考察する。
第06回 ルネサンスと聖ピエトロ大聖堂
サン・ピエトロ大聖堂はルネサンス期に建てられはじめた世界最大級の教会である。ここにあるレオナルド、ラファエロ、ミケランジェロらの傑作絵画の数々を考察する。
第07回 ルネサンス絵画(ボッティチェリとレオナルド)
古代への復帰を呼びかけたルネサンスは、人々をキリスト教の束縛から解放した。そんな時代にボッティチェリは非キリスト教的な絵画を多数描いた。他方、レオナルド・ダ・ヴィンチはキリスト教から距離を置いたまま、「モナリザ」の制作に没頭した。
第08回 ルネサンス絵画(ラファエロとミケランジェロ)
ラファエロはルネサンスを代表する画家で、1620年の彼の死をもってルネサンスは終わるとされる。彼は多くの聖母子像において男性にはない女性の魅力を発見した。キリスト教美術によって「あの世」に向けられていた人々の眼差しを、ミケランジェロはふたたび「この世」に戻し、人体をリアリスティックに描いた。
第09回 ルネサンスとイタリア式庭園
古代ローマの庭園廃墟の発掘調査によってルネサンス期にイタリア式庭園が誕生し、そこからさらにフランス式庭園、イギリス式庭園が発展していくことになる。
第10回 イタリア料理の誕生
今日、イタリア料理と呼ばれているものもこの頃に誕生する。そこからさらに、フランス料理をはじめとするヨーロッパ料理が発展していくが、元はすべてイタリアにある。
第11回 ローマのバロック(トレビの泉とカラヴァッジョ)
ローマにはバロックの建造物も多数ある。ベルリーニによってつくられたサン・ピエトロ広場、観光客の人気の的であるトレビの泉、ローマ近郊のエステ荘庭園などを考察する。
第12回 ムッソリーニによるローマ再生とネオレアリズモ映画
ファシズム政治家として悪評の高いムッソリーニは、1942年に開催される予定だった万博のために、ローマの南部地区を再開発し、そこに古代ローマを想起させる現代建築をつくった。ムッソリーニが他につくったものにチネチッタ(映画都市)がある。ムッソリーニのファシズムに対する反対運動としてネオレアリズモ映画が作られ(ロッセリーニの『無防備都市』やデ・シーカの『自転車泥棒』など)、第二次大戦後のイタリアの文化的原動力となった。
第13回 ヴィスコンティの映画
『地獄に堕ちた勇者ども』と『ベニスに死す 』の2映画を取り上げ、ヴィスコンティがデカダンスとファシズムの関係をいかに洞察していたかを考察する。
第14回 パゾリーニの映画
反キリスト教徒として知られていたパゾリーニは映画『奇跡の丘』で、イエス・キリストを生き生きと描いた。もしもイエス・キリストが再来したら、われわれはどうするだろうか。それを描いたのが映画「テオレマ」である。現代人の多くは再来したイエス・キリストを正しく受け止めることができない。正しく受け止めることができるのは、年老いた農婦ひとりである。
第15回 フェリーニの映画
フェリーニは、ムッソリーニがつくったチネチッタで映画を何本か撮影した。「道」「甘い生活」「8 1/2」「サテリコン」などである。現代人が救いがたい状況にあることを、フェリーニはヴィスコンチやパゾリーニとは別の視点から描いた。
教科書
参考書
【参考図書】
ギボン『ローマ帝国衰亡史』(PHP文庫)、
『世界の歴史』第12巻(ルネサンス)(河出文庫)、
古賀太 『永遠の映画大国 イタリア名画120年史』(集英社新書)
出願開始
出願終了
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